トップページ > 2018年10月26日 やまぐち住んで民?
やまぐち住んで民?

移住経験者に聞きました

移住された方に、移住のきっかけや、やまぐち暮らしの良さを語っていただくコーナーです。
今回は、宇部市に移住された、株式会社月華堂(げっかどう)代表取締役 北村久雄(きたむら ひさお)さんに移住を決めた理由などを伺いました。

-移住の決め手は、補助金や助成金などの自治体の充実した支援制度でした-
宇部市|北村久雄さん 前編

インタビューに答える北村久雄さんの写真

どちらのご出身ですか?

群馬県の出身です。高校を卒業後、石川県の大学で4年間を過ごし、神奈川県のIT企業に就職しました。2年後、東京のIT企業に転職し、3年間働いた後、2013年、友人と共にITベンチャー企業を立ち上げました。そこで手掛けたメディアサービスがヒットしたことから、上場企業の子会社化が決まり、一つの区切りを迎えたので退職しました。そして、2017年に宇部に移住し、WEBシステムやAndroidアプリの開発を行う「月華堂」を創業しました。

どうして移住しようと思われたのですか?

人が多いというのが一番の理由です。近年、都心回帰の傾向から、東京一極に人や企業が集中し、満員電車や待機児童といったさまざまな問題が生まれています。こうした課題を解決するため、大都市圏から地方へと人口を分散する流れに協力したいと思い、自ら地方へ移住することを決めました。

移住先を考える際の条件は何だったのですか?

移住後も、東京のクライアントをターゲットにしてビジネスを展開していこうと考えていました。インターネットが発達したおかげで、遠隔で打ち合わせをすることもできますが、クライアントに直接会って話をすることは、やはり重要です。だから、東京へのアクセスの良さというのは必須条件でした。また、将来的に雇用を生み出したいという思いもあったので、人材確保という面から、高学歴の若い人材が多くいる場所というのもポイントでした。一人暮らしのしやすさということを考えると、賃貸物件、コンビニやスーパーなどの多さというのも外せませんでした。これらの条件を元にして、具体的にどこがいいかを考えたときに、真っ先に浮かんだのが瀬戸内海側でした。なぜかというと、小学生のときに、温暖で住みやすいということを習った記憶があって、漠然と良いイメージを持っていたからです。そこで、瀬戸内海側にあって、東京へのアクセスがいい地方都市に絞って探し始めました。
電話をしている北村久雄さんの写真

では、どのようにして移住先を決められたのですか?

まず、インターネットで情報を収集しました。それから、東京で開催されていた移住・定住促進セミナーに足を運んで、瀬戸内海沿いの自治体のパンフレットを集めました。最終的に宇部市を選んだ決め手は、補助金や助成金といった充実した支援制度でした。自治体のやる気を感じて、起業するならここだなと思いました! 移住はもちろん起業に関してもここまで手厚い支援を揃えている自治体はかなり少ないです。東京まで飛行機でおよそ1時間半というアクセスの良さも大きな魅力でした。また、宇部市には山口大学工学部や宇部工業高等専門学校などの教育機関もあり、将来の採用活動を考えたとき有利になるという期待もありました。

自治体の支援について、具体的な内容を教えていただけますか?

特に大きかったのが、オフィス家賃の補助です。宇部市の中心市街地の中央町地区で創業する場合、3年間は事務所の家賃の半額を補助してもらえます。そのほか起業に関しては、「ふるさと起業家支援金」の交付も受けました。銀行で融資を受ける際、基準利率より優遇される「宇部市事業資金融資」も活用しました。また、移住に関しては、「宇部市UIJターン奨励助成金」を活用して、引っ越しの際に必要な費用の一部を助成してもらったり、「宇部市専門人材誘致家賃助成金」を活用して賃貸住宅の家賃の一部を助成してもらったりしました。
仕事をしている北村久雄さんの写真

後編では、移住先での暮らしなどについて伺います。(11月22日(木曜日)に配信予定)

※「山口県YY!ターン(UJIターン)・移住支援サイト住んでみぃね!ぶちええ山口」から転載しています。

北村久雄さんの写真

北村久雄さん

きたむら ひさお/宇部市在住 株式会社月華堂 代表取締役

33歳。群馬県生まれ。高校卒業後、金沢大学理学部に入学。大学卒業後、神奈川県のIT企業に就職。2年後、Androidアプリプログラマーとして東京のIT企業に就職。2013年、友人とベンチャー企業を立ち上げ、ウェブサービスの開発に携わる。2017年5月、宇部市に移住し「株式会社月華堂」を創業。ソフトウェアの受託開発、自社サービスの運営開発を行う。