トップページ > 2019年4月26日 やまぐち住んで民?
やまぐち住んで民?

移住経験者に聞きました

移住された方に、移住のきっかけや、やまぐち暮らしの良さを語っていただくコーナーです。
今回は、上関町に移住された、一般社団法人なごみ職員 山口直樹(やまぐち なおき)さんに移住を決めた理由や移住先での暮らしについて伺いました。

-地域全体で子どもを育ててもらっているという安心感-
上関町|山口直樹さん 前編

山口直樹さんの写真

移住される前は何をされていたのですか?

徳山市内(現周南市)の高校を卒業後、歯科技工士の国家資格を取得するために福岡市内にある専門学校に2年間通いました。卒業後は、福岡県八女市にある歯科医院に就職しました。実際に歯科技工士として働いてみると、勤務時間がとても長く、体力的にかなり厳しかったため、このままずっとこの仕事を続けていくのは難しいと考え、3年で退職しました。その後は、実家がある周南市にUターンし、下松市内の工場で金属の表面加工を行う仕事を7年続けました。その頃、友達の紹介を通じて上関町在住の妻と知り合い、結婚を機に上関町に移住。柳井市内にある工場のプレス機械のオペレーターに転職しました。

どうして、実家のある周南市ではなく、上関で暮らそうと思われたのですか?

妻の実家に近い方が、子育てと仕事を両立しやすいのではないかと考えたからです。山口県内で実家から近かったこと、妻が生まれ育った場所だったということもあって、特に不安は感じませんでした。私の両親も、妻の両親も、上関への移住に賛成してくれたので、とても心強かったですね。それよりも仕事のことの方が心配でした。前職のプレス機械のオペレーターは、危険を伴う仕事だったため、いつかケガをするのではないかと不安でした。ちょうどその頃、新しく上関町にオープンする道の駅「上関海峡」で従業員を募集していることを知り、これはいいチャンスだと思い、転職を決意しました。

現在のお仕事はどうですか?

道の駅に入職してすぐ、直売所のスタッフとして働きました。小売業は未経験でしたし、人と話すのもあまり得意ではなかったので、始めの頃は不安でした。でも実際に働いてみると、思ったよりも楽しくてやりがいを感じました。その後、配置転換があり、現在はレストランの調理担当として働いています。飲食店に勤務した経験はありませんでしたが、自分で釣った魚をさばいて食べることが好きでしたし、一人暮らしをしていたときには自炊もしていたので、抵抗は全くありませんでしたね。定期的に東京のプロの料理人の研修を受けられるので、未経験でも安心して働くことができています。
料理をする山口直樹さんの写真

移住先での暮らしはいかがですか?

上関は、室津半島の先端部と、橋でつながった長島、その先に浮かぶ祝島、八島から成る、海に囲まれた自然豊かな温暖な気候の町です。良い漁場がすぐ近くにあるので好きな釣りにも気軽に出掛けられますし、静かなのでとても暮らしやすいですね。それに、ほとんどの住民が顔見知りなので、家族のような居心地の良さを感じています。都会で暮らしていたら、地域の人とここまで仲良くなることはできなかったと思います。コンビニやスーパーが近くになかったり、街灯が少なかったりと多少の不便さはありますが、慣れてしまえばそれが当たり前になってくるので、特に問題はありませんね。
魚の煮付け定食の写真

子育て環境としてはいかがですか?

海も山もすぐそばにある自然豊かな環境で、伸び伸びと子育てをすることができています。子どもの数が少ない分、保育園でも小学校でも先生の目がよく行き届いていると思いますね。子連れで歩けば地域の人が何かと声を掛けてくれますし、顔と名前を覚えてもらっているので、地域全体で子どもを育ててもらっているという安心感があります。ただし、うわさが広まるのも早いので、悪いことはできませんね(笑)。

後編では、地域に溶け込む秘訣などについて伺います。(5月24日(金曜日)に配信予定)

※「山口県YY!ターン(UJIターン)・移住支援サイト住んでみぃね!ぶちええ山口」から転載しています。

山口直樹さんのプロフィール写真

山口直樹さん

やまぐち なおき / 上関町室津在住 一般財団法人なごみ職員

37歳。山口県周南市出身。高校を卒業後、福岡の専門学校に進学し、歯科技工士となる。3年後に帰郷。下松市の工場に勤務。7年後、結婚を機に上関へ移住。道の駅「上関海峡」を運営する一般財団法人なごみの職員となる。現在は、同施設のレストランの調理員として勤務。