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寛政6(1794)年、金谷天満宮(萩市)に寄進された最古の萩型狛犬の写真

寛政6(1794)年、金谷天満宮(萩市)に寄進された最古の萩型狛犬。写真左が吽形の狛犬で角がある。右が阿形の獅子で角はない。飾り台には牡丹・菊・梅・水仙の見事な浮き彫りがある

幕末、京都の北野天満宮にも寄進された「萩型狛犬」

山口県内の神社には、大坂などからもたらされた狛犬のほか、地元の石工たちが造りあげた特徴的な狛犬があります。中でも独創的で、司馬遼太郎の小説にも登場した「萩型狛犬」を紹介します。
神社の参道でおなじみの狛犬(こまいぬ)。その起源はエジプトのスフィンクスまでさかのぼることができ、元来はライオンでした。中国に伝わって空想上の霊獣“獅子”となり、日本にもたらされると平安時代には“狛犬”という言葉や、中国にはなかった角(つの)がある狛犬も登場。宮殿や神社の社殿の中などに、邪から守護する目的で置かれました。
社殿などの中に置かれた狛犬(※1)は木造でした。しかし、江戸時代になると参道に進出し、雨ざらしでも耐えられる石造へ。1700年代から1800年代前半にかけては、特に大坂で、神社の参道への石造狛犬の寄進が大ブームとなります。
大坂での大流行を受け、現在の山口県では1700年代半ばから石造の狛犬の寄進が本格化します(※2)。当初は大坂からもたらされた狛犬の寄進が主流で、次いで尾道、出雲からももたらされました(※3)。やがて1700年代後半から徳山・下関・秋穂などの各地で地元の石工たちが造るようになります(※4)。狛犬は全国的に地域による特徴、個体差もありますが、山口県の中でも特に独創的なのが、萩の石工たちが造った、主に県北部の神社の参道で見られる「萩型狛犬」とも呼ばれる狛犬です(※5)

司馬遼太郎も小説に書いた巨大な萩型狛犬は幕末の「京名物」だった!!

狛犬といえば、口を開いたもの・閉じたものが一対になった「阿・吽(あ・うん)」の形式が多いことは、よく知られています。口を開いた阿形の頭上には角がなく、それは“獅子”。口を閉じた吽形は、角がある場合もあり(※6)、厳密な意味での“狛犬”。大坂の狛犬は、こうした“獅子・狛犬”で一対の形式が一般的です(※7)
萩型狛犬も獅子・狛犬の形式ですが、大坂の狛犬にはない特徴があります。例えば、一般的な狛犬は参拝者を見つめる姿勢ですが、萩型狛犬はなぜか参拝者の頭上、虚空を見つめています。また、時には阿形の獅子の口の中に玉があり(口中玉)、しかもその玉がゴロゴロと動く場合もあり、一方で吽形の狛犬は右前足でテニスボール大の玉を踏んでいるものが多く、「口中玉の獅子と、踏み玉の狛犬で一対」というのが主なことも特徴です(※8)。ちなみに口の中にどうやって玉を入れたのかというと、そうではなく、獅子を一つの石から造る際、なんと、口の中から削り出したのだとか(※9)。石工の腕に感嘆の声を上げずにはおれません。さらに台座に、牡丹(ぼたん)や松竹梅などの浮き彫りがあることも特徴の一つ。石材が主に萩産の黒い、細工しやすい安山岩であることも、石工の腕を振るわせたのでしょう。
萩型狛犬は、驚いたことに、遠く離れた京都の北野天満宮や福岡県の太宰府天満宮などにも寄進されています(※10)。特に北野天満宮には、文久2(1862)年寄進の、台座も含めて4メートル以上の巨大な萩型狛犬があります。吽形の狛犬の右前足の下には、見事な透かし彫りの玉。基壇(きだん)には京都・大坂・長州の世話方、萩藩及び関西の商人を含む大勢の名がズラリと並び、牡丹や松竹梅の精緻な浮き彫りも。さらに飾り台には「粛々廟前 双獅護衛」で始まる詩文が刻まれています。文久2(1862)年といえば、まさに萩藩が尊王攘夷派のリーダーとして京都で存在感を高めていたころです。
その北野天満宮の萩型狛犬は、司馬遼太郎(しば りょうたろう)の短編小説『薩摩藩浄福寺党』に登場します。そこには、寄進された萩型狛犬が「京のあたらしい名物」になり、「この石獅子をおがむために、長州藩没落後もここに参詣する市民の数がおとろえない」と書かれています。
萩藩の幕末の志士たちは天満宮、つまり天神様を盛んに信仰していました。「粛々廟前 双獅護衛」の言葉からは、巨大な獅子・狛犬に“我らが朝廷をお守りします”という気概を込め、萩からはるばる船で運び、エイヤっと京都の天神様に寄進した様子が浮かんできます。
独創的な萩型狛犬からは、腕を振るった石工の心意気、時代の熱気まで伝わってきます。
防府天満宮(防府市)表参道中段にある大坂狛犬の写真
防府天満宮(防府市)表参道中段にある大坂狛犬の写真

防府天満宮(防府市)表参道中段にある大坂狛犬。写真左は吽形。右が阿形。宝暦9(1759)年8月の寄進で、これを機に県内の石造狛犬の寄進が本格化。大坂狛犬の中でも宝暦年間から寛政年間まで主流の上宮(じょうぐう)型で、大阪府高槻市の上宮天満宮にある上宮型より古い
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防府天満宮(防府市)表参道中段にある大坂狛犬。写真左は吽形。右が阿形。宝暦9(1759)年8月の寄進で、これを機に県内の石造狛犬の寄進が本格化。大坂狛犬の中でも宝暦年間から寛政年間まで主流の上宮(じょうぐう)型で、大阪府高槻市の上宮天満宮にある上宮型より古い
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防府天満宮(防府市)表参道下の段にある萩型狛犬(手前)の写真
防府天満宮(防府市)表参道下の段にある萩型狛犬(手前)の写真

防府天満宮(防府市)表参道下の段にある萩型狛犬(手前)。寄進年は不明。写真は参道右の阿形で口中に玉、飾り台に見事な浮き彫りがある。その向うに写るのが大坂狛犬
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防府天満宮(防府市)表参道下の段にある萩型狛犬(手前)。寄進年は不明。写真は参道右の阿形で口中に玉、飾り台に見事な浮き彫りがある。その向うに写るのが大坂狛犬
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防府天満宮(防府市)の萩型狛犬(阿形)の写真
防府天満宮(防府市)の萩型狛犬(阿形)の写真

防府天満宮(防府市)の萩型狛犬(阿形)。石段を上がり、上から見下ろすと、口中に玉があるのがよく分かる
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防府天満宮(防府市)の萩型狛犬(阿形)。石段を上がり、上から見下ろすと、口中に玉があるのがよく分かる
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文化7(1810)年、住吉神社(萩市)に寄進された萩型狛犬の背面の写真
文化7(1810)年、住吉神社(萩市)に寄進された萩型狛犬の背面の写真

文化7(1810)年、住吉神社(萩市)に寄進された萩型狛犬の背面。萩型狛犬の尾は、直立する3束の房状の毛と、その下で左右に分かれる巻き毛で構成。飾り台には、花・人物・鳥獣などの浮き彫りがある
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文化7(1810)年、住吉神社(萩市)に寄進された萩型狛犬の背面。萩型狛犬の尾は、直立する3束の房状の毛と、その下で左右に分かれる巻き毛で構成。飾り台には、花・人物・鳥獣などの浮き彫りがある
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松陰(しょういん)神社(萩市)境内にある、吉田松陰の門下生を祀る松門神社の萩型狛犬の写真
松陰(しょういん)神社(萩市)境内にある、吉田松陰の門下生を祀る松門神社の萩型狛犬の写真

松陰(しょういん)神社(萩市)境内にある、吉田松陰の門下生を祀(まつ)る松門神社の萩型狛犬。その神殿は、かつて松陰神社の神殿だった。狛犬は、門下生の中で最も長く生きた渡辺蒿蔵(わたなべ こうぞう)が明治41(1908)年9月に寄進したもの
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松陰(しょういん)神社(萩市)境内にある、吉田松陰の門下生を祀(まつ)る松門神社の萩型狛犬。その神殿は、かつて松陰神社の神殿だった。狛犬は、門下生の中で最も長く生きた渡辺蒿蔵(わたなべ こうぞう)が明治41(1908)年9月に寄進したもの
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文久2(1862)年、京都の北野天満宮に寄進された巨大な萩型狛犬(吽形)の写真
文久2(1862)年、京都の北野天満宮に寄進された巨大な萩型狛犬(吽形)の写真

文久2(1862)年、京都の北野天満宮に寄進された巨大な萩型狛犬(吽形)。右前足の下に透かし彫りの玉。飾り台には牡丹・松・竹・梅の浮き彫りがある。司馬遼太郎の短編小説に登場する
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文久2(1862)年、京都の北野天満宮に寄進された巨大な萩型狛犬(吽形)。右前足の下に透かし彫りの玉。飾り台には牡丹・松・竹・梅の浮き彫りがある。司馬遼太郎の短編小説に登場する
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  1. ここでの「狛犬」は、獅子も含む総称としての狛犬。 本文※1へ戻る
  2. 県内における大坂狛犬の最古例は元禄15(1702)年、周南市長穂(ながほ)地区にある神社に寄進されたもの。宝暦9(1759)年、防府天満宮に寄進された大坂狛犬が契機となって、県内の石造狛犬の寄進が本格化。 本文※2へ戻る
  3. 尾道(広島県)の狛犬は、前の両足で大きな玉を押さえた「前玉乗型」が一般的。出雲(島根県)の狛犬は、頭を下げ、後ろ足を伸ばして尻を持ち上げ、今にも飛びかからんばかりの「構え型」が特徴的。 本文※3へ戻る
  4. 県内の地元の石工による早い例として、安永6(1777)年、周南市の遠石八幡宮がある。 本文※4へ戻る
  5. 萩型狛犬の最古例は、寛政6(1794)年、萩市の金谷天満宮に寄進されたもの。 本文※5へ戻る
  6. 角がない吽形もある。また、狛犬には、阿・吽形だけではなく、阿・阿形もある。 本文※6へ戻る
  7. 大坂の狛犬は和泉砂岩・御影石を用い、尾の形はおおむね扇形で、胸郭が表現されたものなどが多い。時期によって住吉型・上宮(じょうぐう)型、杭全(くまた)型・三輪型・浪速(なにわ)型などに定義されている。 本文※7へ戻る
  8. 阿形の獅子が歯で玉をかんでいる萩型狛犬、口に玉がない萩型狛犬、また、吽形の狛犬の足の下に玉がない萩型狛犬もある。 本文※8へ戻る
  9. 口中玉は、萩型狛犬以外にも見られることがある。 本文※9へ戻る
  10. 太宰府天満宮への萩型狛犬の寄進年は不明。足台に「長州萩」の銘があり、幕末の寄進と考えられている 本文※10へ戻る

参考文献