トップページ > 2020年6月26日 やまぐち住んで民?
やまぐち住んで民?

移住経験者に聞きました

移住された方に、移住のきっかけや、やまぐち暮らしの良さを語っていただくコーナーです。
今回は、東京から柳井市に移住された、工房エトランゼ 岩崎喜美弥(いわさき きみや)さんに、移住される前の暮らしや移住を決めた理由について伺いました。

-移住の決め手は海が見えるここからの景色。晴れた日には遠く四国も眺めることができるんですよ!-
柳井市|岩崎喜美弥さん 前編

岩崎喜美弥さんの写真

移住する前はどちらにいらしたのですか?

生まれも育ちも浅草、人情に厚い下町で育ちました。移住する前は、東京都品川区のマンションに住んでいました。東京タワーやお台場の花火大会が見える眺望をとても気に入っていたのですが、周りに新しいビルが建ったことで見られなくなり、非常に残念に感じていたんです。追い打ちをかけるように3.11の東日本大震災やPM2.5の影響があり、田舎暮らしについて考えるようになりました。それに、以前からガーデニングが趣味で、いつか庭で土いじりをしたいという思いもありました。加えて、インターネットが発達したおかげで、都会と地方との差をあまり感じなくなってきて、東京に住み続けることに疑問を感じるようになったんです。

いつから移住を考え始めたのですか?

漠然と考え始めたのは約3年前です。夫が貿易コンサルタントをしているので、最初の頃は海外も含めて候補地を探していましたが、食事のおいしさや夫婦共に温泉が好きなことから、1年前から日本に絞って本格的に物件を探し始めました。軽井沢にはじまり奄美大島、沖縄、石垣島、兵庫、岡山、広島と見て回り、最後にたどり着いたのが周防大島。でも、なかなか気に入った物件が見つからず。山口で見つからなかったら、移住そのものを諦めようと思っていたとき、柳井市の担当者から空き家バンクに登録されていたこの物件を紹介されて、移住を即決しました。夫は驚いていましたが、私が言い出したら聞かない性格だと知っているので、すぐに承諾してくれました(笑)。
インタビューを受ける岩崎喜美弥さんの写真

即決した決め手は何だったのですか?

一番の決め手は海が見えるここからの景色です。晴れた日には遠く四国も眺めることができるんですよ! でも、唯一の気掛かりは住まいでした。現在住んでいるのは築150年の古民家なのですが、空き家になってから80年という年月がたっていて、周りには背丈ほどある草が生えていたんです。でも、30年前にリフォームされていた上、以前の所有者の親戚の方が定期的に風を通してくださっていたので、思っていたよりも状態が良かったのが幸いでした。また、リフォームの際に井戸を掘り直し、浄化槽も付け替えてくださっていたのでラッキーでしたね! そこで、東京から友人の大工を呼び、フローリングを張り替え、しっくいを塗り、およそ半年かけてリノベーション。東京の友人たちは「もって3カ月だね」と笑っていましたが、メールでやりとりするうちに家の変貌ぶりを楽しみ、応援してくれるようになりました。現在は、庭や裏山の整備と2020年1月に立ち上げた新規事業で忙しい毎日を送っています。

どうして新規事業を立ち上げられたのですか?

地域の里山の多くでは、放置された竹が侵食する竹害が起きています。移住先の裏山にも竹がたくさん広がっています。その竹を有効活用して、地域の課題解決や地域ブランド化に貢献できるのではないかと考えて、竹炭事業を立ち上げました。創業資金は、有楽町の「ふるさと回帰支援センター」に通っていたときに担当者から教えていただいた「やまぐち創業補助金」を活用して、窯やチェーンソーを買う費用に充てました。今は伐採した竹を乾かしている段階。窯で焼ける日が待ち遠しいです。
移住先の住まいから見える景色の写真

後編では、移住先での暮らしなどについて伺います。(7月22日(水曜日)に配信予定)

※「山口県YY!ターン(UJIターン)・移住支援サイト住んでみぃね!ぶちええ山口」から転載しています。

岩崎喜美弥さんのプロフィール写真

岩崎 喜美弥さん

いわさき・きみや/柳井市在住

58歳。東京都台東区浅草出身。22歳で結婚。健康食品会社の総務を16年間務めた後、早期退職。専業主婦として過ごす。2019年9月、柳井市伊保庄に移住。2020年1月、工房エトランゼを立ち上げる。