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予言する神霊「件(くだん)」(山口県文書館蔵 毛利家文庫「止可雑記」収載)の写真

予言する神霊「件(くだん)」(山口県文書館蔵 毛利家文庫「止可雑記」収載)。この記録には「件はいたって正直な獣ゆえに、すべて証文の終わりに、件の如(ごと)し、と書くのはこの由縁」という説も記されている

妖怪? 神霊?
山口県に残る災い・疫病を鎮めるものたち

山中に出現した神霊や、人の顔をした牛、鍾馗、若狭小浜組屋六郎左衛門…。災い・疫病を鎮めるとされた、アマビエだけではない、山口県に伝わる不思議な力を持つものたちを紹介します。
未来を予言し、災い・疫病(※1)よけの方法を告げたという「アマビエ」。こうした妖怪は、不思議な力を持つ「神霊」ともいえる存在です。アマビエは京都⼤学附属図書館が所蔵する資料に、3本の足を持つ人魚のような姿で描かれ、弘化3(1846)年の年号とともに次のように記されています。「肥後国(現在の熊本県)の海中に毎夜光る物が出て、役人が行くと『私は海中に住むアマビエという者。当年より6カ年の間、諸国は豊作となる。ただし病が流行する。私を写し、人々に見せるように』と言って海中へ入った」。
山口県文書館にも、やはり描き写すように告げた神霊の絵があります。それは北前船などで栄えた室津(現在の上関町)の商家(※2)にあったもの。その絵には次のような文があります。「天保14(1843)年、この神霊は天草の山中に現れ『今年より3年の間は悪い病がはやり、多くの人が死ぬ』と告げた。されど、この怪異なる神像を描いて日々見れば、その難を逃れるという」。
アマビエは体がウロコで覆れていますが、山中に現れた、この名のない神霊は葉で覆われています。でも、どちらも足は3本。では、それらの足は必ず3本なのか…。実はアマビエは全国的には「アマビコ(※3)」や「天彦入道(あまびこにゅうどう)」といった名での史料の方が多く、姿は鳥や猿に似たものなどさまざま。足が4本のアマビコ、9本の天彦入道もいて、予言して災い・疫病よけの方法を告げる神霊の足が3本とは限らないようです。

人の顔をした牛、美祢の古刹にある鍾馗の木版、豪商の名も神霊?

人の顔をした不思議な牛、まさに“人偏(にんべん)に牛”と書く「件(くだん)」も予言する神霊の一つ。瓦版からの描き写しと思われる絵が萩藩の記録にあり、そこにはこう書かれています。「この絵図を張りおけば、家内繁盛して他病をうけず、一切の禍(わざわい)をまぬがれ、大豊作を得る」(※4)
疫病よけには鍾馗(しょうき)の絵も用いられました。鍾馗は中国の神霊で、次のような伝説があります。「皇帝が病床にあったとき、夢に小鬼が現れた。しかし、鍾馗が現れて退治。皇帝が夢からさめると病は治っていた」。つまり鍾馗は、病をもたらす「疫神(やくじん)」を退治した神霊。その鍾馗の絵を、疫病よけ、特に疱瘡(ほうそう。天然痘)の守札(まもりふだ)として信仰することは、日本各地や中国でも行われてきました(※5)
その鍾馗の守札を刷る木版が、美祢市の古刹・南原寺(なんばらじ)(※6)に現存します。それは雪舟(せっしゅう)が寺のまな板に彫った、という伝説があるもの。木版は二つに割れていることから「割り鐘馗(鍾馗)(※7)」と呼ばれ、割れているのは霊験があまりに強いためといいます。伝染力が極めて強い疱瘡が大流行した江戸時代には、その守札を殿様が所望(※8)。そのときの礼状などが南原寺に所蔵されています。
また、実在した人物の名が疫病よけの守札となった例もあります。その人物とは、若狭(現在の福井県)小浜(おばま)の組屋六郎左衛門(くみや ろくろうざえもん)。戦国時代の豪商です。六郎左衛門は、疱瘡の疫神を手厚くもてなしたため、疫神が喜び、六郎左衛門の名を書いた札を貼った家には入らない、と約束して去った…と。そんな伝承に基づき、その名を記した札は疱瘡よけとして信仰を集め、若狭から遠く離れた室津の、先に挙げた商家とは別の商家にも、その守札は伝わっていました(※9)
描き写されたり、刷られたりして、不安な世になるとよみがえる妖怪・神霊たち。平穏な日々を取り戻したいと懸命に祈る日本各地の人々の心を、映し出してくれます。
「肥後国海中の怪(アマビエの図)」(京都大学附属図書館蔵)の写真
「肥後国海中の怪(アマビエの図)」(京都大学附属図書館蔵)の写真

「肥後国海中の怪(アマビエの図)」(京都大学附属図書館蔵)。『日本の幻獣図譜 大江戸不思議生物出現録』によれば、アマビコ資料は何点も発見されたが、アマビエ資料はこれのみという
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「肥後国海中の怪(アマビエの図)」(京都大学附属図書館蔵)。『日本の幻獣図譜 大江戸不思議生物出現録』によれば、アマビコ資料は何点も発見されたが、アマビエ資料はこれのみという
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「疫病除天草神霊画」」(山口県文書館蔵 吉崎家文書)の写真
「疫病除天草神霊画」」(山口県文書館蔵 吉崎家文書)の写真

「疫病除天草神霊画」(山口県文書館蔵 吉崎家文書)。足は3本。体は葉に覆われた神霊。文中に「つくし(筑紫)天草といふ處(ところ)の山中」とあるが、天草は実際には筑紫ではなく肥後。顔の肌や唇、葉には彩色が施されている
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「疫病除天草神霊画」(山口県文書館蔵 吉崎家文書)。足は3本。体は葉に覆われた神霊。文中に「つくし(筑紫)天草といふ處(ところ)の山中」とあるが、天草は実際には筑紫ではなく肥後。顔の肌や唇、葉には彩色が施されている
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美祢市にある古刹・南原寺の木版「割り鐘馗」で刷られた守札(南原寺のウェブサイトより転載)の写真
美祢市にある古刹・南原寺の木版「割り鐘馗」で刷られた守札(南原寺のウェブサイトより転載)の写真

美祢市にある古刹・南原寺の木版「割り鐘馗」で刷られた守札(南原寺のウェブサイトより転載)。上下斜めに白い線が入っており、木版が割れていることが分かる。かつて萩藩主もこの守札を所望し入手した。現在も、この疫病よけの守札はいただくことができる
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美祢市にある古刹・南原寺の木版「割り鐘馗」で刷られた守札(南原寺のウェブサイトより転載)。上下斜めに白い線が入っており、木版が割れていることが分かる。かつて萩藩主もこの守札を所望し入手した。現在も、この疫病よけの守札はいただくことができる
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南原寺が所蔵する「割り鐘馗」の木版(南原寺のウェブサイトより転載)の写真
南原寺が所蔵する「割り鐘馗」の木版(南原寺のウェブサイトより転載)の写真

南原寺が所蔵する「割り鐘馗」の木版(南原寺のウェブサイトより転載)。木版はまさに二つに割れている。鍾馗の持つ力があまりに強いため、二つに割られたと伝わる
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南原寺が所蔵する「割り鐘馗」の木版(南原寺のウェブサイトより転載)。木版はまさに二つに割れている。鍾馗の持つ力があまりに強いため、二つに割られたと伝わる
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南原寺の桜(南原寺のウェブサイトより転載)の写真
南原寺の桜(南原寺のウェブサイトより転載)の写真

南原寺の桜(南原寺のウェブサイトより転載)。春はシダレザクラ、秋は紅葉で有名。古代祭祀の祭場である磐座(いわくら)や、修験道の行場跡、平安時代の古墓など、古来聖域とされた裏山にはさまざまなものがある
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南原寺の桜(南原寺のウェブサイトより転載)。春はシダレザクラ、秋は紅葉で有名。古代祭祀の祭場である磐座(いわくら)や、修験道の行場跡、平安時代の古墓など、古来聖域とされた裏山にはさまざまなものがある
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「疱瘡守札」(山口県文書館蔵 吉田家文書[上関町])の写真
「疱瘡守札」(山口県文書館蔵 吉田家文書[上関町])の写真

「疱瘡守札」(山口県文書館蔵 吉田家文書[上関町])。右は包紙。左がお札。お札には、若狭小浜組屋六郎左衛門と記されている。この守札を家の門などに貼って、疱瘡よけとした
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「疱瘡守札」(山口県文書館蔵 吉田家文書[上関町])。右は包紙。左がお札。お札には、若狭小浜組屋六郎左衛門と記されている。この守札を家の門などに貼って、疱瘡よけとした
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  1. 悪性の伝染病、流行病(はやりやまい)。かつては疫神(やくじん)がもたらす病と考えられていた。 本文※1へ戻る
  2. 山口県文書館蔵の吉崎家文書。吉崎家は屋号「肥後屋」。江戸時代、交易で財を成し、酒屋業なども営み、高杉晋作(たかすぎ しんさく)らとの交流もあった。おもしろ山口学「海峡のまち上関。文明開化の夢を運んだ『四階楼』」参照。 本文※2へ戻る
  3. 漢字で「阿磨比古」「尼彦」など。 本文※3へ戻る
  4. 山口県文書館蔵の毛利家文庫。 本文※4へ戻る
  5. 疱瘡は伝染力が極めて強く、大流行を繰り返し、多数の死者を出した。種痘の普及により、WHOは昭和55(1980)年に世界根絶宣言を行った。 本文※5へ戻る
  6. 標高455メートルの桜山の中腹にあり、長門三霊場の一つに数えられた真言宗の古刹。南波羅密寺とも書く。 本文※6へ戻る
  7. 南原寺では、鍾馗を「鐘馗」の表記としている。 本文※7へ戻る
  8. 山口県文書館が所蔵する萩藩の記録からも、疱瘡には、萩藩主やその家族も苦しめられたことが分かる。 本文※8へ戻る
  9. 現在は山口県文書館蔵。吉田家文書。 本文※9へ戻る

十朋亭維新館 企画展「神と妖の幕末維新」

幕末維新の人々が、神や妖(あやかし)などと呼び、恐れていた不可思議な出来事を紹介。子どもたちには自由研究帳・自由研究ガイドブック、幼児にはぬり絵が用意されています。8月2日(日曜日)・23日(日曜日)にはギャラリートーク、8月15日(土曜日)には「お盆特別ギャラリートーク&落語(怪談噺)」を開催。
期間:(前期)7月15日(水曜日)から8月10日(月曜日・祝日)まで。(後期)8月12日(水曜日)から9月7日(月曜日)まで

参考文献