トップページ > 2020年10月23日 やまぐち住んで民?
やまぐち住んで民?

移住経験者に聞きました

移住された方に、移住のきっかけや、やまぐち暮らしの良さを語っていただくコーナーです。
今回は、周南市に移住(Uターン)された、子たぬきのパン 店主 楳澤しのぶ(うめざわ しのぶ)さんに、移住される前の暮らしや移住を決めた理由について伺いました。

―移住の決め手は山口県産の小麦粉との出会い。「これだ!」と思いました―
周南市|楳澤しのぶさん 前編

楳澤しのぶさんの写真

Uターンされる前はどちらにいらしたのですか?

福岡県です。調理の専門学校に入るタイミングで、山口県を出ました。
当時は「鹿野には何もない」と思っていましたよ。街へ行くにも遠くて不便だし、やっぱり都会への憧れもありました。専門学校を卒業した後も、福岡県で飲食関係の会社に就職して、結婚、出産も経験しました。同じく料理人の夫とカレー屋を10年間、2人で営んでいました。

Uターンを決めた理由はなんでしょう?

いろいろなことがつながったんですが、決定打は小麦粉との出会いです。 カレー屋はおかげさまで繁盛していたんですが、一方ですごく忙しくて。自分たちのこだわりも強かったのですが、その分、休みのない毎日でした。疲れもたまっていったし、「新メニューを作らなきゃ」「経営やお店の回転のことを考えなきゃ」と追われるばかりでだんだんつらくなってきて。食べる人のことを思いやる余裕がない、そんな状況でお客さまに「ありがとう」と言われることに、後ろめたさを感じていました。
その頃から「あれ、私もっとおいしいものを知ってるな」と思うようになりました。確かに自分の店で出しているカレーは自信があるし、都会はおいしいものや目新しいものがたくさんあって刺激的です。だけど、作ってくれた人のことを考えたり、食べる人を思うような、気持ちのやりとりがないことに、モヤモヤしていました。それで考えてみたら、「私の知っているおいしいもの」ってふるさとの食べ物だなあと思い当たったんです。
ちょうどそんな折に、お客さまから山口県産の小麦粉「せときらら」を頂きました。試しにパンを焼いてみたら、とてもおいしかったんです。「これだ!」と思いました。本当に、光が見えたような気がしました。
そこから、「鹿野でパン屋をやりたい!」と決めたんです。
子たぬきのパン(内観)の写真

そのことに対して、ご家族の反応はいかがでしたか?

鹿野でパン屋を始めることには、反対はありませんでした。昔から、互いのやりたいことが見つかったら、家族が全力で応援するようにしているんです。
その頃、夫も今後、同じ仕事を続けていくことに不安を感じていたこともあって、思い切ってお店を閉めることにしました。
今回は私のソロプロジェクトとしてやりたいという気持ちがあったのと、それぞれの仕事や子どもの学校のことを考えて、私だけ山口県に帰ることに決めました。
夫とはいい距離感ですね。干渉しすぎず、同業種なのでこちらの状況も知っている、良き理解者です。

後編では、移住先でどのようにして創業したのか、利用した制度などについて伺います。(11月27日(金曜日)に配信予定)

※「山口県YY!ターン(UJIターン)・移住支援サイト住んでみぃね!ぶちええ山口」から転載しています。

楳澤しのぶさんのプロフィール写真

楳澤 しのぶさん

うめざわ・しのぶ/周南市在住 子たぬきのパン

山口県周南市出身。福岡の調理専門学校を卒業し、その後も福岡で暮らす。夫と共に10年間飲食店を経営していたが、山口県産の小麦粉に出会いUターン・創業を決意。2018年「子たぬきのパン」をオープン。パンとお店を通して、ふるさと鹿野の良さを感じ、知ってほしいという気持ちから、地元産にこだわったパンを提供する。